尺八という楽器

投稿日:2019-09-26 更新日:

 本の楽器の多くは、洋楽器のように機能的な面、すなわち速く弾いたり、大きな安定した音をコンスタントに出したり、あるいは同時に複数の音を発することで和音を構成したりという方向ではなく、音色という、只この一点に、ひたすら一途に賭けている。三味線のサワリ(インドの弦楽器にも似たような概念はあるが)や、箏曲の演奏家が絹糸での演奏にこだわってきたのもこの音色重視のあらわれの例といえよう。
 和楽器の「音色愛好性」というテーマに再び立ち戻る。三味線の「サワリ」、筝曲家の絹糸に対するこだわりなどを例に出した。脱線ついでに能管の話。「一定の指使いで一定の音高を得る」ということで言えば、能管はもはや楽器でさえもない。能管でいわゆるメロディを吹くことは不可能なのだ。楽器の定石を敢えて超えて、ある情景描写のための雰囲気をかもし出すためだけに用いられるのが、この能管である。能楽が好きで好きで能楽師を志すも国籍の壁(本人はアメリカ人男性)故に果たせず、今は武蔵野大学の先生になっているのが、C・エバートさんだ。邦楽他ジャンルの演奏会を聴きにゆくと度々彼が来ていて、すっかり親しくなった(今の今まで、そんなことがあったことをすっかり忘れていたが・・・)。彼にしつこく能管を譲ってくれるようせがんだことがある。終いにはついにわけてもらって、時々劇伴などのスタジオ録音で使った。「ヒシギ」という能管独特の超ハイ・トーンはついに出なかったが・・・。自身尺八の名手でもあるエバートさんは、吹禅尺八(古典本曲)という独特の存在に対する私の興味もよく理解して、早稲田大学国際部の講師に推薦してくれた。謡曲『隅田川』の英語版を作ったのは彼ではなかったろうか。

 のこだわりの例は、ポリフォニック(多声的)な方向に向かわず、あえて単声的な構造を好み選んだことにも顕れているといえまいか。尺八という楽器に即していえば、当初雅楽で用いられた時、今日に伝えられる正倉院の御物の、尺八(「古代尺八」)は、元々六孔あり、洋楽的七音(ピアノの白鍵に盤あたるドレミファ)音階を容易に吹けたのだ。われわれの先祖は、それを何百年もかけて、あえて一音減らして五音音階(ペンタトニック・スケール)が吹きやすいように変えた。能捨という禅の言葉があるが、自己の美的感性にもとづいて楽器のある種の機能性を封印したのである。あえて不自由であることを選択したのだ。当然一つ一つの孔の音のもつ比重(重要性)は高まる。このことは、旋法に直接関係することではあろうが、結果的には音色追究上の好結果をもたらすことになった。尺八に関しては、孔が少ないほど音の持つ迫力や魅力は保たれるとされる。よって理想は無孔だ。ただし、これでは、オクターブの上下の同じ音しか鳴らせないので、一つずつ孔を増やしてゆき、今日の五孔尺八にたどりついた(これを「普化(ふけ)尺八」という)。

八においても、わが国に自生する真竹(まだけ)をそのまま生かして用いてきた。
今日の調律された尺八は、大きなホールでも聞き栄えするように、内部を漆にとの粉を混ぜたものを万遍なく塗り込めて、一定の容積を構成するという近代化がなされている。これら内部の詰め物(流派や、製作者によって多少異なるが)を「地(じ)」というが、地を盛ることで微妙な音色や音程の調整もできるのだ。
 これとは別に、昔通りの製法、すなわち竹に穴をあけ、虫除けに漆を一はけだけ塗った「地なし」管も存在する。この古製法による尺八の音こそ、そもそもの竹らしい、やわらかく優しい音がするとして珍重する向きもあるが、ある程度の妥協できる音程を得るのは偶然によるしかなく、一管の地なし管を得るためには、無駄にしなければならない膨大な量の竹材を要する。地なし管で、いわゆる「音楽」を演奏すると、ファンキー・トンク(調子っパズレ)になる。しかし吹禅尺八としては、地なし管は手放せない。
色々な洋楽器をいじり、世界中の民俗音楽も聞き込み、あげく音楽大学まで出てしまった私にとっては、当初調律の不完全な楽器で吹くことなどとんでもないことだったが、ご縁があり愛知県豊田市の故稲垣衣白先生に貸していただいたり、伝を頼って何本か手に入れたり、虚無僧研究会発足以来のご縁の山口県光市在住の故藤田正治氏の作管がコンスタントにお譲りいただけるようになってから数十年を経た今日、私は地なし管の魅力に完全にとりつかれ、これしか吹かなくなった。以前は調律が不完全なるがゆえに、バッハやビートルズやさまざまな世界中のはやり歌には地なし管を使わなかったが、今は「恐れ多い」が故に使わない。地なし管は、やはり楽器というよりは伝統的にそう扱われてきたように、法器(宗教儀式のための道具)であり、吹禅という独特の様式にこそふさわしい。

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