自分を識る

グループ・ワークに出会うまで No.4

投稿日:2020-01-25 更新日:

二度目の岡部さん訪問の頃
京都の岡部さんにお会いするという長年の宿願をはたし、大学生活はそれなりに安定していた。京都にはしばしば行ったが、岡部さんにお会いしたのは都合三回。その二度目について長らく記憶の外にあったが、あることをキッカケで思い出した。
今は博報堂で要職に就いている同じ美学専攻のH君がいた。彼が『声明(しょうみょう=仏教のお経に節をつけたもの。ちなみに、その譜面は博士とよばれる)』で卒論を書くため、その世界(天台声明)の第一人者・京都大原・実光院の住職・天納伝中師をお訪ねするという。「一緒に行こうよ」と誘われ、ついていった。

H君はフランス語クラスではあったが、声楽をやっていること、日本の音曲で卒論を書くという私との共通点があった。当時の私は、尺八を始めて4年目位の吹き盛り。ある時、歴史を調べていたら、今の筝曲合奏中心の流派の尺八や、民謡や詩吟の伴奏のものとは別に、それ以前の禅の流れを汲む独奏曲群はほとんど伝える人がいないという。このことを知って私は、この流れを絶やさないことをライフ・ワークにしようと決めつつあった(ただし、私の卒論のテーマは、今の筝曲の元になった地唄で、オーケストラでバイオリンを弾いていた同じ美学のS君が禅の虚無僧尺八を選んだ)。

ちなみに、京都に一緒に行ったH君の父君は当時ベスト・セラーになったドラッカーの『断絶の時代』を訳した東工大の先生(私がとても感心したダニエル・ベルの『資本主義の文化的矛盾』なども訳しておられたと今回初めて知った)。伯父さんは東大の元総長。兄弟はH・望氏だ(とまで書いては、匿名の意味がないか?)。

夏の盛りの暑い夜、大原の実光院に天納伝中師をお訪ねした。障子を開け放した和室から庭が見通せた。余分なものを一切持たず、竹一管、本数冊で暮らすのを理想とするなら、実光院のこの部屋が一つの理想だ。

翌日、岡部さんに会いにいった際、こんな諸々をお話しすると、天納師のことをよくご存じだった。また、親しい人として司馬遼太郎さんの名前もあげておられた。声明名人・天納師とは、何年か後、私が日暮里のお寺を借りて尺八を教えるようになってから、東京でお会いした。それには次のような経緯がある。

大学卒業後、十か月ほどヨーロッパに滞在した。

高橋巌先生にご紹介いただき、奨学金まで授与されることになっていた留学先を敵前逃逃亡?し、ザルツブルグの田舎で、昼は、のんびりドイツ語の初級クラスでくつろぎ、毎夜華々しく行われる音楽祭に備えていた。予習復習などしていく時間はないので、クラス担任のフラウ・ワグナー女史には、「日本人は勤勉だと聞いていたけど、あなたはニセ日本人ね」などと愛にあふれたメッセージもいただいた。

そのままここを根城に、ヨーロッパのあちこちを廻り、コンサートに行ったり美術館巡りをしていた。そんな折、ストックホルムでニアミス(行き違い)した老人がいた。A老人は馬の墨絵を即席で描きながら、世界中を無銭旅行していた。この老人と私をゼヒ会わせたいという老婆心切あふれた人がいたおかげで、(のち、日本に帰ってから)ご対面となった。彼は、経営する工場を息子さんに任せ、平素は伊豆の土肥(松崎だったかも)の、海が目の前のみごとな眺望の家に住んでいた。

ある時、拙宅に段ボールが届いたので、ご自宅の傾斜地にたわわになっているミカンでも送っていただいたのかと開けてみると、ごっそりA老人あての手紙類が入っていた(伊豆で一人での留守番生活が長かったせいか、彼の奥さんの認知症が相当進んでいる、と後で聞いた)。

A老人は、80歳をはるかに超えてから、「高齢者でも免許を取得できることを証明する」と、果敢にチャレンジし成し遂げるくらい元気な人だった。この世界放浪老人が、私のために知り合いのお寺を出稽古場として紹介してくれた。西日暮里の法華宗・法光寺がそれなのだが、ご住職・竹嶋三正師は、戦時中少年飛行兵の教育を担当され、あたら散った多くの若い命への供養の碑を門前に立て、国際交流のための民泊組織「サーバス友の会」に入って、外国人に宿を提供しておられた。こうして法光寺尺八教室が始まった。

無償で場所を提供していただき、ご住職自ら習われ、また当方が独身だったこともあり、毎度、寿司やうなぎなどの夕食を振舞っていただいた。この時、尺八の筋がとてもよいお弟子さんに天台宗の僧侶の中曽根真北さんがいた。彼は台東区根岸の寺院・薬王寺を復活させ、そのお披露目では私も呼ばれて吹いた。たくさんの僧侶による見事な声明もあったが、その折、天納師も京都から応援とお祝いで来ておられたのだ。

長くなったが、この記憶を手掛かりに岡部さん訪問の2回目を思い出した。話は京都から東京に飛んだが、京都には、まだ欠かせないエピソードがある。それについても書いておこう。
<続く>

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